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わたしも観ました!

日本語がわからない信徒にも、日本のキリシタンの軌跡と奇跡を伝えていきたい

禁教時代に潜伏しながら教えを守った信徒がいたこと、そして命を賭しても信仰を貫いた信徒がいたことは、日本のカトリック信者ならば心に留めおいてほしい歴史です。残念ながら私の周りでは、禁教時代の受難、そして「信徒(再)発見」の奇跡さえ知らない信徒が大半です。それは、私自身が長崎の出身であるために感じるジレンマなのかもしれませんが、残念に感じることも多々あります。
私自身は潜伏キリシタンの子孫ではありませんが、その雰囲気がいまだに色濃く残る土地で「彼ら」と交わりながら、信仰生活を営む機会があったことは宝だと思っており、彼らの先祖が守り抜いた信仰が忘れ去られることがないよう願っている一人です。その意味でも、この舞台を英訳付きのDVDにしていただいたことは、心強い宣教の味方です。

信徒が演じる浦上の潜伏信者の心の葛藤はリアリティにあふれ、お互いが疑心暗鬼になりながらも、語り継がれてきた「その時」のために、命がけでパードレとサンタ・マリアに会いにいく過程が丁寧に描かれ、心に響きました。長崎の信徒間では、この出来事を「パードレ再発見」として、逆の立場から語られることもあります。その瞬間の迫真の演技は、おそらく演者の皆さんが、語り継がれてきた先祖たちの思いを重ねたものにちがいありません。
自分たちが信仰の自由を謳歌できている陰では、祖父母、そして7代前の先祖たちが耐え抜いた苦しみの時代があったことを、彼らは強く感じながら演じていたはずです。個人的には、ナレーターの女性の言葉一つ一つが、とても心に滲みました。古巣神父様の思い、製作に携わった信徒の皆様の思い、そしてその先祖の思いが、考えぬかれた単語や表現で大切に語られ、言霊のように感じられました。

今は信仰の形態も変化し、信徒のありかたも変わってしまいました。信仰が物理的な欲に取って代わられ、もはや信徒でさえも祈りの中の安らぎよりも、富や権力、スマホの画面に安らぎを求める時代となっているようにも感じます。宗教にも時代に沿った変化は必要ではありますが、日本のカトリックは裾野は広がれど、根が深く育っているとは言い難いようにも見受けられます。
このDVDを観て、受難の時代に心と体の痛みを担いながら一生を信仰にささげた先人の思いが礎であることを、いつまでも忘れず、感謝と祈りをささげたいと改めて感じました。そして、微力でも、私自身がその思いをこの作品から「受け取り」語り継ぐ道具となれればと願ってやみません。

ふるさとの教会には外国人が多数在籍しており、英語のミサもたてられています。宣教司牧活動も活発なため、ぜひこの機会にDVDを活用し、日本語がわからない信徒にも、日本のキリシタンの軌跡と奇跡を伝えていきたいと思っております。

(カトリック碑文谷教会 マリア・グラティア C.M. 様)

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