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映画評

映画「カロル 教皇になった男」について

映画評論家 佐藤忠男(日本映画大学学長)

film_critic_ts1 かって旧ソビエト連邦が崩壊したとき、連邦の外壁となっていたいわゆる衛星諸国のなかで、社会主義体制の抑圧への反抗の機運の先頭に立っていたのはポーランドだった。その動きを密かに、しかし分る者にははっきり分るように示していたのがこの国の映画だった。だから当時私は、とくに映画に注目して何度もこの国を訪ねたものだった。そこで強く印象づけられたことのひとつは、この国の民衆のカトリックの信仰の強さだった。宗教の否定を原則とするソビエト流の社会主義はこの国ではどうしても通用しないのだ、と聞いた。とくにこの国の枢機卿がローマ法皇に選ばれてからはそうで、信仰が民衆の結束のきずなになっていることを教会のミサなどにひしひしと感じた。
以来私は、この国のカトリック信仰のありかたが、とくに法皇の聖ヨハネ・パウロ二世とのかかわりをつうじてよく分るような映画をぜひ見たいと思ってきたものだが、ジャコモ・バッティアート脚本監督の「カロル 教皇になった男」はまさにそれで、私にとっては待望の作品であった。
カロルは聖ヨハネ・パウロ二世の本名である。1920年生まれのカロルは、1939年にナチス・ドイツ軍がポーランドに侵入して第二次世界大戦が始まったとき、クラコフ(注:現在名 クラクフ)で学生だった。ドイツ軍はポーランドの人と文化を徹底的に軽蔑して、大学を閉鎖するなど無茶苦茶なことをやる。
この大作には前編と後編があって、前篇はドイツ占領下、後編は戦後のソビエトの影響下の社会主義時代を描いている。そして前編では、まだ学生のカロルよりもむしろ、ドイツ軍の司政官にとことん抵抗して信仰とポーランド人の誇りを守るトマス・ザレスキという神父の毅然とした生き方が印象的に描かれている。まだ若いカロルは肉体労働をやって病床の父親を護りながら、ザレスキ神父に従うようにして信仰への道へ進んでゆく。学生の仲間には武力レジスタンスで殺される者も少くないが、カロルはキリストの愛による救いを考えてゆくのだ。
あるときカロルは交通事故で死にかける。そのとき彼を救ってくれたドイツの軍人が、そのためにドイツ軍に銃殺される。この軍人の行動は、キリストの言う愛の実践そのものであったと言えるだろう。こうした経験をへてカロルは自分も司祭となる決心をしたようだ。カロル個人が偉いのは勿論だが、激動の時代に生きた同時代人たちの行動が手本になって、カロルを、不屈の信念を持った、しかしじつに謙虚な人柄の宗教家に育てあげていった、ということのようだ。
戦後、社会主義政権下のカトリック司祭という、矛盾の大きな困難な立場をあえて選んだカロルは、しかし、信仰のあついポーランドの民衆の支持の上で、じつに注意深く権力者たちと交渉を重ねてゆく。温い人柄で信者に愛され、それで大きく深い影響力を持つようになっているカロルは、その言動がつねにスパイによって看視されている。それで注意するというよりも、むしろ温い笑顔でスパイを心服させ、逆に味方にしてしまうような人格力がカロルにはあるのだ。柔軟に、しかしゆずることのできない原則はあくまで守りぬく。原則が汝の敵をも愛するような深い愛だからこそ、それが貫けるのだろう。
こうして厳しい笑顔を保ちながら、ついに法皇の地位まで引き受ける。世界の平和のひとつの大きな支えとしてのカトリックの信仰のありかたについて、多くのことを教えてくれる映画である。


映画評論家、教育評論家。日本映画大学学長。
「日本映画史」 全4巻(岩波書店)、「独学でよかった:読書と私の人生」((株)三交社)のほか著書は100冊以上。紫綬褒章ほか受賞多数。